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*宇城観光マップ*好きなゾーンをクリック!宇土市網田焼の里資料館不知火及び水鳥松合白壁土蔵群日本一の石段、釈迦院御坂遊歩道轟水源霊台橋うと地蔵まつり六殿神社、木原不動尊粟嶋神社三角西港御輿来海岸自然公園

復元された建物は土産物店やカフェに。夏には花火大会も行われる。

文明開化の息吹を感じる港町三角のシンボル「三角西港」

三角西港はオランダ人水理工師ムルドルの設計で明治17~20年にかけて造られました。「明治三大築港」のひとつと言われ、明治府が当時の最新技術を駆使し、国家の威信をかけて建設に当たった港です。

長約700メートルに及ぶ石積みの埠頭や水路など、今なお昔のままの姿を残しており、全国的にも貴重な文化遺産で、平成14年には国の重要文化財にも指定されました。また、昭和62年の築港100年を契機に、当時の建造物の復元や公園整備が進められ、今では宇城地域随一のドライブスポットとして観光客の人気を集めています。 

さらに、近年はそのレトロな佇まいを求めて、ドラマのロケ撮影なども行われており、三角のシンボルとしてその存在を全国にアピールしています。

平成20年9月、三角西港を含む「九州・山口の近代化産業遺産群」が、文化庁文化審議会において世界文化遺産候補に選ばれました。



↑異国情緒漂う西欧風の建物と当時のまま残る埠頭の石積み

三角西港

宇城市三角町三角浦
お問い合わせ/宇城市役所三角支所・産業課
TEL/0964-53-1111

駐車場/約30台
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干潟の”キャンバス”に描かれた自然の曲線美「御輿来海岸自然公園」

有明海は全国でも特に干満の差が大きく、干潟の面積も広いことで知られています。中でも御輿来海岸の干潮時に現れる砂の曲線は、訪れる人の目を楽しませてくれます。

この海岸には、4世紀中頃に景行天皇が九州遠征をされた際、干潟模様の美しさに見とれて御輿を下ろし休まれたという伝説が残っています。その景観美は今も変わらず、「日本の渚百選」に選定されているほどです。また、近くの長浜海岸では潮干狩りが楽しめ、春の行楽シーズンには多くの観光客で賑わいます。


動画配信中-宇土市観光TV-

御輿来海岸自然公園

宇土市下網田町
お問い合わせ/宇土市商工観光課
TEL/0964-22-1111

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干潮時の景色は有明海の代名詞、有明海に沈む夕日


海に浮かぶ不思議な光「不知火」。名勝の名にふさわしい神秘的な景色。珍しい伝説が残る永尾神社 不知火海一帯に広がる幽玄な世界が国の名勝に。「不知火及び水鳥」

宇城市不知火町の永尾(えいのお)神社は、和銅6年(713年)に建立されました。その昔、神様が巨大なエイに乗ってやってきたことが名の由来と言われています。そのため神社には、珍しいエイの絵馬や海に立つ鳥居が今に伝えられています。

そして、「不知火」が現れる旧暦8月1日の八朔の日には、「八朔祭」が開催され、不知火を観望しようと毎年多くの観客が詰め掛けます。

また、『万葉集』『枕草子』などに登場する「水島」の神秘的な雰囲気も魅力の一つとなっています。これらの幻想的な景観は、平成21年2月に「国指定名勝」に選定されました。


永尾神社

宇城市不知火町永尾615
TEL/0964-42-2053
■不知火に関するお問い合わせ/宇城市不知火支所
TEL/0964-33-1111
■水島に関するお問い合わせ/八代市文化課
TEL/0965-35-2021
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重厚な白壁に往時の繁栄を見る「松合白壁土蔵群」

宇城市の松合地区は江戸時代から明治にかけて、漁業や酒造の町として栄えていました。一方で民家が密集しており、度々大火に見舞われたそうです。

その中で土蔵白壁造りだけは消失を免れたため、次々と同じ造りの建物が建築され、明治30年代末までには集落の大半が土蔵白壁建築となったとされています。現在も風情ある町並みが残り、郷土資料館やビジターセンターでは当時の住民の暮らしぶりを詳しく知ることが出来ます。また、
毎月第3日曜日に開かれる「まっちゃ朝市」も人気を集めています。


松合白壁土蔵群

宇城市不知火町松合
お問い合わせ/松合の町並み保存会事務局
TEL/0964-42-3550
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当時の姿を残す貴重な土蔵、趣のある町並みが印象的


市民の憩いの場となっている轟水源 熊本が誇る、歴史的価値を持つ水源「轟水源」

轟水源は、肥後三名水の一つに数えられ、「名水百選」にも選定されています。その歴史は古く、江戸時代、細川行孝公によって水源から現在の宇土市街地までの4.8キロメートルの上水道が造られました。その後、興文公が改修し、今でも地元の人々に使用されています。

この上水道は、現在も使用されているものの中では日本最古です。水源の近くには、轟御殿跡轟泉(ごうせん)資料館があり、当時の水道管を見ることが出来ます。また、一帯は自然公園として整備されており、地域住民の憩いの場として親しまれています。


動画配信中-宇土市観光TV-

轟水源

宇土市宮庄町
お問い合わせ/宇土市商工観光課
TEL/0964-22-1111

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名物”造りもん”求めて、大勢の見物客「うと地蔵まつり」

うと地蔵まつりは、肥後三大夏祭りの一つに数えられ、約360年前に始まったとされる由緒ある祭りです。町のいたる所にお地蔵様が祀られており、開催日に子ども達によって開帳されます。町内ごとに造られる、「造りもん」は祭りの名物。

目抜き通りに力作が並びます。その他、花火大会や多彩なイベントが催され、期間中は数十万人もの見物客で賑わいます。


動画配信中-宇土市観光TV-


うと地蔵祭り

宇土市街地一帯
お問い合わせ/うと地蔵まつり実行委員会事務局
TEL/0964-22-1111
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多彩なイベントも盛りだくさん。祭りの名物「造りもん」


無病息災を願い鳥居をくぐる人々 日本一小さな鳥居で無病息災「粟嶋神社」

粟嶋神社は、日本一小さい鳥居があることで知られています。この鳥居をくぐると無病息災、健康開運などのご利益があるとの言い伝えがあり、3月1日~3日の大祭には、高さ30センチの鳥居くぐりの参拝者で賑わいをみせます。

特に腰痛を和らげる効用があるとされ、別名「腰延べ鳥居」と呼ばれているほど。また、ペットの安全祈願や健康祈願、供養祭も行われているので、多くのペット愛好家が訪れます。


動画配信中-宇土市観光TV-


粟嶋神社

宇土市新開町557
TEL/0964-22-1197
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”神様・仏様”が見守る地・富合「六殿神社」「木原不動尊」

六殿神社は、阿蘇大明神を含む6つの神様が祀られている神社です。境内にある楼門は、室町時代の建物でクギを一切使用していない「クギなし門」として知られており、国の重要文化財に指定されています。毎年10月に開催される秋季例大祭では、古来より伝承されている「木原神楽」が奉納されます。

近くにある木原不動尊は、成田・目黒の不動尊と並ぶ日本三大不動尊の一つ。大祭時に「火渡り」や、笹を熱湯に浸し頭から浴びる「湯あび」などの荒行が行われ、参詣者は氏子の精神力を感心した様子で見届けます。



↑普段は見られない伝統的な行事を観れます。

六殿神社

下益城郡富合町木原2378
TEL/096-357-4127


木原不動尊

下益城郡富合町木原2040
TEL/096-357-4515


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国指定重要文化財の楼門、日本三大不動尊ひとつ。


子ども武者行列などさまざまな催しも 一段、一段、景色を味わいながら頂上を目指す日本一の石段「釈迦院御坂遊歩道」

釈迦院は、約1200年の歴史を誇九州唯一の霊場で、“西の高野山”と呼ばれています。本尊は釈迦如来で、信仰すると苦しまずに死ねると言われることから“ぽっくり寺”という呼称もあるそうです。

また、釈迦院までの表参道だった所に、町おこしを目的として昭和63年に建設された石段は、3333段もあり“日本一の石段”として有名です。頂上からの眺望も良く、多くの観光客が訪れます。中でも、毎年11月に行われる「アタック・ザ・日本一」には、全国各地から参加者が集まり、盛り上がりをみせます。


日本一の石段(釈迦院御坂遊歩道)

下益城郡美里町坂本
お問い合わせ/美里町役場企画観光課
TEL/0964-47-1111


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石工の巧みの技が今に残る橋「霊台橋」

江戸時代後期に、惣庄屋・篠原善兵衛の提案により、肥後の名工と名高かった「種山石工」の卯助三兄弟らが作り上げた単一アーチとしては日本最大の石橋です。

全長約90メートル、高さ約16メートル、幅約5.5メートルの橋は、6~7カ月の工事期間であったにもかかわらず、完成度は高く、見事なアーチと強固で精緻な石組みは、当時の石工達の仕事の確かさを今に伝えています。その歴史的価値から、山都町矢部の通潤橋と並び、国の重要文化財に指定されています。


霊台橋

下益城郡美里町清水
問い合わせ/美里町企画観光課
TEL/0964-47-1111(砥用庁舎)
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通潤橋と並ぶ代表的な石橋

今や幻となった網田焼 幕府への献上品でもあった”幻の焼もの”「網田焼」

寛政5年(1793年)に、山道喜右衛門という肥前の陶工を招いて創業されたのが網田焼の始まりです。幕府への献上品として焼かれていた初期は、繊細で質の高い置物や香炉が作られていました。

しかし、藩の保護がなくなった後は徐々に衰退し、とうとう昭和7年の窯出しを最後に生産が中止され廃窯となりました。精緻な白磁の型押しに繊細で大胆な染付けの網田焼は、現存するものが少ないため「幻」と言われ、収集家の垂涎の的となっています。



宇土市網田焼の里資料館

宇土市上網田町787-1
TEL/0964-27-1627
料金/大人200円、小中学生100円、20名以上2割引
営業時間/午前9時~午後4時30分(入館は午後4時まで)
開館日/土曜日、日曜日、祝祭日(年末年始12/29~1/3を除く)
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アクセス
宇城の観光サイトについては、下記のアクセスマップまたは情報サイトをご利用下さい。

<お問合せ先>

熊本県宇城地域振興局総務振興課
熊本県宇城市松橋町久具400-1
TEL/0964-32-2113



<アクセスマップ>

宇城三十六景



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